FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『自分探し』という言い方があります。

僕は、この表現に、とても違和感を感じます。
前回、「まず自分を知ることが大事」と書きましたが、「自分探し」と
「自分を知る」ことは違います。

「自分探し」って、何だか他人事のような響きがあって、自分自身と
真剣に向かい合っていないような感じがするのですね。どことなく、
無責任な感じ。探せばどこかに「自分」というものが落っこちているの?
そんなことないよなあ、と思ってしまう。

「自分」というものは自分の中に確たるものとしてすでに在るのです。
大切なのは「どういう自分なのか」直視すること。「自分を知る、理解
する」ということは、自分の良い面も悪い面も、率直に正直に、真摯に
見つめることです。

でも、それには「痛み」が伴う。
見たくない自分も、見なければならない。

だから意識的か無意識的かはわからないけれど、痛みを避けるため、
あたかも自分の外に「本当の自分」というものがあって、それを探すこと
にする。これなら自分を斬りつける必要はないし、なんだかカッコ良さげ
な言い分も立つ。

これは、都合のいい「逃げ」でしかないんじゃないかな?
逃げていたら何も生まれないし、何も見つけられない。

自分を見つめることで、自分でも知らなかった自分が立ち上がってくる
のは、結構怖い気がする。でも、それをきっちりやらないと他人のこと
なんて理解出来ないし、ましてや人の相談になんて乗れないと思う。

しっかりきっちり、自分を見つめていきます。
ちょっと怖い気もするけれど。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 


トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。